2030年を達成期限とし、国連に加盟するすべての国・地域において、経済・社会・環境のバランスを取りつつ、 持続可能な社会へ移行することを目指す「持続可能な開発目標(以下、SDGs)」は、 日本においても政府や民間企業、市民社会など幅広いアクターが実施に携わり、 メディアで取り上げられる機会も大幅に増え、普及が進んでいます。 しかし、SDGsが実際にどの程度進捗しているのかについては、残念ながらあまり知られていないのではないでしょうか。

日本政府は今年(2021年)7月の国連会議において、この4年間の進捗評価や各セクターの取り組みをまとめた報告書 「2030アジェンダの履行に関する自発的国家レビュー2021〜ポスト・コロナ時代のSDGs達成へ向けて〜」を発表しました。 そこで述べられているのは、2020年1月以降、世界的に流行が拡大した新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19) によって大きな影響を受けている、ということです。 本稿ではいくつかのSDGsの目標について、COVID-19がもたらした影響に触れつつ、市民社会による提言も紹介します。

SDGs目標3 目標3「すべての人に健康と福祉を」は、直接的に医療や保健に関する内容です。日本においてはCOVID-19の拡大が進んだ当初、 37.5度以上の発熱が4日間以上続かないと医療機関に相談できなかったり、検査を受けられなかったりという事態が続きました。 その後、大都市を中心に医療状況が逼迫すると、何時間待っても救急車の受け入れ先が見つからなかったり、 自宅療養中に容体が急変して亡くなる事例も相次いでいます。2021年8月下旬現在、緊急事態宣言が13の都道府県で発令され、 蔓延防止等重点措置は16の都道府県に拡大しています。 政府による補償なき自粛要請や限られたPCR検査の実施、ワクチン供給の遅れなどから、感染者や重症者の数は減少していません。

SDGs目標4 目標4「質の高い教育をみんなに」については、最も多い時期では、世界の子ども・若者の91%にあたる15億人が学校閉鎖に直面しました。 日本でも、2020年2月末に突如発表された学校の休校要請により、多くの児童・生徒が教育を受ける機会を失いました。 オンラインを活用した授業を十分に実施できた学校も限られ、 感染者が見つかるたびに休校や学級閉鎖が実施されています。大学では新入生が一度もキャンパスに入れない、という話も耳にします。

SDGs目標5 目標5「ジェンダー平等を実現しよう」も深刻な影響を受けた目標です。 内閣府男女共同参画局が開催した「コロナ下の女性への影響と課題に関する研究会」の報告書によれば、 外出自粛要請などの影響により配偶者間暴力(DV)や相談件数が増加していたり、 「パートナーが給付金を渡してくれない、あるいは浪費してしまった」という相談が寄せられています。 また、就業者数・雇用者数は男性に比べて女性に大きなマイナスの影響が表れており、 休業者数の増加幅も男性に比べて女性のほうが大きいと報告されています。 さらに、職業分類別のCOVID-19の症例では、医療関係、介護福祉関係、児童施設関係、 店員・接客関係における女性の感染者割合が高いと報告されています。 世界経済フォーラムが2021年5月に発表した「グローバル・ジェンダー・ギャップ報告書2021」によれば、 日本のジェンダーギャップ指数は156か国中120位であり、アジアで韓国や中国、ASEAN諸国よりも低いという、 ジェンダー不平等な社会であることが改めて突き付けられました。 ジェンダー不平等な状況が改善されないまま、COVID-19の影響を受けたため、その不平等がさらに拡大したことがわかります。

SDGs目標8 目標8「働きがいも経済成長も」は、「包摂的かつ持続可能な経済成長およびすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用 (ディーセント・ワーク)を促進する」というものです。2021年3月の総務省調査によると、12ヶ月連続で就業者数が減少しており、 COVID-19の拡大以降、雇用情勢は悪化の一途を辿っています。先ほど述べた通り、雇用情勢もジェンダー不平等の傾向が現れています。

SDGs目標16 SDG16「平和と公正をすべての人に」も、特に日本に住む私たちにとって大きく影響を受けた目標と言えるでしょう。 COVID-19への重要な対策の決定がどのような根拠を持って、どのように行われたのかという点について、 首相や官房長官、担当大臣による記者会見では十分に明らかにされないことが多くありました。 国会でも議員からの質問に答えなかったり、同じ答弁を繰り返したりする閣僚の姿が報道されました。 記者会見では、感染対策を名目として出席する記者の数が制限されたり、重ねて質問ができない仕組みが続いていたり、 議事録が策定されない会議が複数あるなど、人々の「知る権利」が大きく侵害されている状況です。 1年間の延期の末、今年(2021年)8月に多くの人々の反対意見や懸念を押し切って開催された東京オリンピックについては、 記者からの「COVID-19の感染状況がどの程度まで抑えられれば開催するのか」「感染拡大が続く中で開催する意義は何か」という質問に、 首相をはじめ、五輪担当大臣や大会組織委員会会長も正面から答えないままでした。

SDGsの眼目は、国連での採択文書の題名である「私たちの世界を変革する」というものです。 その手段として17個の目標やターゲットに分類された課題群が設定されています。 これらの課題に取り組む際に重要なのが「誰一人取り残さない(Leave No One Behind)」という考え方です。 これまでの経済開発では投資効率や利益回収などが優先され、支援から「取り残される」人が多く存在していたり、 環境・社会の面での負の影響が改善されてこなかったりしたという反省と、 富が一部の人々や国・地域に集中し、格差拡大をもたらしているという認識から、SDGsを推進する上で提案された考え方です。

COVID-19感染拡大の時代に国際NGOや国連が提唱しているのは「最後の一人まで安全でなければ、 皆が安全ではない(No one is safe until everyone is safe)」という考え方です。治療やワクチンへのアクセスはもちろん、 雇用や環境、平和に暮らす権利などは、すべての人に保障されて初めて、全員が安全だと言えます。

SDGsは、そのカラフルなアイコンとともに新聞・雑誌・テレビ・ラジオなどのマスメディアやオンラインメディア、 SNSなどで取り上げられ、日本政府や経済界、労働組合、地方自治体、研究機関、そして市民社会に至るまで、 幅広い関係者がその達成に向けて取り組んでいます。2015年の国連総会における合意から5年以上が経過しましたが、 実は日本社会におけるSDGsの認知度は、諸外国と比べて特に高いわけではありません。 2019年に世界経済フォーラムが実施した認知度調査では、世界平均で成人の74%がSDGsを認知していますが、 英国と日本が最も低く、51%が「聞いたことがない」と回答しています。

冒頭で紹介した日本政府によるSDGs進捗報告書の特徴の一つに、SDGs推進円卓会議構成委員による評価が含まれていることが挙げられます。 これまでの報告書では政府による評価しか盛り込まれてこなかったのですが、 今回は社会のさまざまなステークホルダーによる進捗評価も記載されました。 これは、SDGsの実施や評価には政府だけではなく、あらゆる関係者が参画すべき、と政府が認識していることを示しています。

また、SDGsの達成に取り組む市民社会組織のネットワークである一般社団法人SDGs市民社会ネットワーク(SDGsジャパン)は、 日本政府の報告書発表に合わせて、SDGsの進捗状況を評価し、 「誰一人取り残さない」SDGs達成のために市民社会の声にスポットライトを当てた提言をまとめた 「SDGsスポットライトレポート2021」を発表しています。AMネットもSDGsジャパン内に設置された個別課題に取り組む「事業ユニット」の ひとつである「地域ユニット」に参加し、日本各地のNGO/NPOとともに、地域におけるSDGsの普及や提言に取り組んでいます。

こうした報告書や異なるセクター間での対話や意見交換の機会を活用しつつ、COVID-19の影響を大きく受けたSDGsの実施状況について、 さらに明らかにするとともに、達成のための取り組みが不十分であればどのようにして挽回するのか、 政府だけではなく幅広いセクターの人々が参加し、広く議論をするきっかけになればと思います。■

2021.08/報告 : 堀内 葵
(NPO法人 AMネット理事)