政府は10月18日、「国家戦略特区」の具体案を決定するとともに、同特区を実現するための国家戦略特区法案を11月5日に閣議決定し、年内の法案成立を目指した動きを加速させています。
国家戦略特区は、アベノミクス成長戦略の柱となるもので、政府は同特区について「世界で一番ビジネスのしやすい環境をつくることを目指す。我が国経済に特に大きな効果があると認められる、地域の先導的な取組に対し、国が主体的にコミットをして、総理主導の下、大胆な規制改革等を実現するための突破口とする」としています。
特区構想は、これまでにも自民党・小泉政権で進められた規制緩和を主眼する「構造改革特区」をはじめ、民主党・菅政権でも、規制緩和に加え、税制優遇や金融、財政上の支援も行う「総合特区」(国際競争力向上を目指す「国際戦略総合特区」と地域資源を活用して活性化を図る「地域活性化総合特区」)などがありました。

これまでの特区と今回の特区の大きな違いとして2つの点が挙げられます。1つは、意思決定も含め、立案から実行に至る主体がどこにあるか、という点。そしてもう1つ、今回の特区は、現在交渉が進められているTPPにとって国内の法整備につながるものである、という点です。
これまでの特区は、地方からの提案に国が対応するというものでしたが、今回の特区は、国が規制緩和の対象分野の選定から主体的にコミットし、地域だけでなく、企業からの特区提案も受け付けた上で、最終的には国家戦略として特区プロジェクトを推進するという、あくまでも国が中心となったものであり、さらに従来の地域色よりも企業色、産業色といったものが、より色濃く表れていると言えるものです。

政府自身が発表しているように、今回の特区構想は、これまで以上の大胆な規制改革を実現するため特区を突破口にして全国に規制緩和を進める≠ニいう意向が透けて見えるようです。そして、今回の特区で規制改革の対象分野として挙がっているのは、雇用や医療、教育など6分野です。 (下図参照)。

戦略特区 規制改革6分野

雇用、医療、農業、教育など6分野。


こうした分野の規制改革について、全国各地の自治体や企業などから共同提案も含め9月11日の第一次締め切りまでに197件の応募がありました。

農業分野の応募では、北海道や新潟市、愛知県などが特区の提案をしました。北海道は、「食」の高付加価値化を目指し、食品関連企業向けの立地補助金の創設や、法人税、固定資産税などの減免を要望。愛知、三重、岐阜、静岡の東海4県と名古屋、静岡、浜松の3市の共同で、企業の農業参入促進や耕作放棄地を含めた農地集積化、農産物の輸出振興、農商工連携の「6次産業化」などに関する提案をしています。

また、大阪府と大阪市も共同提案で、先進医療の推進・具体化のための混合診療実施(医療機関・対象疾病を限定した保険外併用療養の拡大)や、公設民営学校の実現などに向けた特区の提案を行っています。

一方、法人税減税の提案は、外国企業の誘致推進を目指す東京都や、創業促進を掲げる福岡市などが行っています。 特に東京都は、すでに総合特区として進めている「アジアヘッドクォーター特区」を今回の国家戦略特区でさらにバージョンアップさせるとし、海外に比べ法人税が高いことを挙げ、外国企業の進出、投資を促進するために、しっかりとした税制措置を今回の国家戦略特区で実施するよう求めています。また、外資参入の障壁になるとして日本語だけでなく、外国企業の日本法人設立・運営にかかわる各種書類等の英語での受付や簡素化も提案。外資を呼び込むために実に様々な提案を行っています。

外国企業、多国籍企業にとっては、規制緩和でビジネスチャンスが広がり、税制面でもこれまで以上に参入しやすくなる。まるでTPPで要求されているようなことが、国内で先取りして進められているかのようです。

 

誰のための特区なのか!? 通常、TPPのような条約が発効(実際に効力が発生)するには、条約の締結に加えて条約に合わせた国内法の整備が必要です。TPPと類似性が高いと言われている韓米FTAでも、韓国は60以上もの条例や法令を変えることになったと伝えられています。
国家戦略特区も地域限定とはいえ、TPPに近い内容の規制緩和やそのための法改正(改悪)、制度変更が行われる可能性が高く、それはTPPのための地ならし、と言えるものかも知れません。

国家戦略特区法案が閣議決定された翌日、アメリカの通商代表部の高官、カトラー次席代表代行は、「アベノミクスの3本目の矢である成長戦略は、TPPの目指すものと方向性が一致している」と述べ、「TPP交渉の非関税分野の議論は、ほとんどすべて成長戦略の構造改革プログラムに入っている」として、成長戦略に謳われている規制緩和などについて「非関税分野で、アメリカが目指すゴールと方向性が完全に一致している」と、TPP実現に向けた日米協議の進展への期待を述べた、と報じられています。

一方、このアベノミクス成長戦略、そしてその柱である国家戦略特区の構想に大きくかかわった産業競争力会議のメンバーである竹中平蔵氏は、6月にアベノミクス成長戦略(日本再興戦略)が閣議決定されたのち、あるインタビューで次のようなことを語っています。


世界でいちばんビジネスしやすい環境??

「これから日本経済を成長させるには、日本の景色が変わるような大きな改革が必要です。例えば、法人税の減税、農業への株式会社の参入、保険診療と保険外診療の併用を認める「混合診療」の解禁などです。しかし、今回のプランにはそれらは入っていません。だから、100点満点からはほど遠い。ただし、これまでの成長戦略に比べればずいぶん評価ができる。何が評価できるのか。それは、長年規制が解決しない“岩盤規制”を突き崩す装置が入ったことです。その装置とは、国主導で規制改革や税制優遇措置を導入する「国家戦略特区」の創設です。これをうまく使えば、“岩盤規制”が突き崩せます。私はこのプランを担当していたので、ここは大いに強調したい。もうすでにワーキンググループを作り、活発な議論を重ねています」
残念ながら竹中氏のいうように国家戦略特区は、確実に動き出しており、その実効性を担保する法案も秋の臨時国会での成立を目指したものとなっています。

政府は、年明け早々にも多数の提案の中からに数件を選出し、特区を定めて具体化を進めるとしています。そして、特区の地域選定と、そこで導入する規制改革メニューを決定するために、強力な権限を持つ「特区諮問会議」の設置を特区法案に盛り込んでいます。一方、関係省庁の抵抗で政府の意思決定が遅れることのないよう、規制を所管する閣僚は会議の正規メンバーには加えず、必要に応じて意見を聞くにとどめるとしています。何とも性急な進め方であり、間接民主主義すら担保されていません。

世界で一番ビジネスがしやすい国家戦略特区とTPP、これらは、内と外からこの国の風景を一変させ、社会を壊す、第三の開国(壊国)へとつながる道です。その先で成長を享受できるものがあるとすれば、それは一握りの企業であり、ビジネスであって、決してごく普通の人やその生活、そしてそれらが集まった社会ではありません。

2013.11/報告 : 若間 泰徳
(NPO法人 AMネット)

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