2020.06

食と農

新型コロナの影響で国内外において食料生産の不安定化が囁かれている。 その要因の一つが種子を含めた農業資材の物流への影響だ。影響は日本が食料を大量に輸入する北米にも及ぶとされる。 FAO(国連食料農業機関)は、北米等の大規模な穀物生産が大量の農薬や化学肥料等の農業資材に依存しており、 物流が途絶えれば、生産活動の停止を伴いかねないと警告した。その農業資材の中にはもちろん大量の種子も存在する。

国際種子連盟は4月、新型コロナに対して種子が食料生産に不可欠であるため、種子貿易や流通の堅持を各国に訴えた。 欧米では都市封鎖などの影響ですでに種子の物流への影響が発生していたからだ。

新型コロナは、グローバルなフードシステムの矛盾を露呈させた。欧米ではその代替案としてショートサプライチェーンへの注目が高まっている。 日本で言えば地産地消やローカルな食などがそれにあたるが、国内ではそうした食や農の転換の動きは鈍い。

日本では、農業の基礎的資材である種子の内、主要農作物の稲・豆・小麦の種子は、種子法廃止後も都道府県が事業を継続し 種子生産が自給されている。しかし野菜の種子については、自給率が1〜2割しかなく、輸入が止まるとたちまち生産基盤が崩壊する状況だ。

先日、その状況を実感する機会があった。農協で通常棚に大量にならぶ商品が欠品しているのだ。 種子についても入荷の遅れが発生している。野菜を栽培する農家としては、秋冬野菜の種子が入手できるか心配な状況だ。 改めて食料生産そして農家にとって種子とは何か、を再検討する必要性を痛感している。

種苗法改正の争点は「規制」 新型コロナにより種子を取り巻く環境が変化する中で種苗法改正案を巡り賛否両論の声が出ている。改正案は「保護」と「規制」を特徴とする。 「保護」は日本の優良品種海外流出防止策。育成者が作物の品種登録の際に栽培地域や国の指定が可能となり、 育成者権の侵害の違反範囲が広がった。

しかし議論の争点は「規制」の方にある。改正案では農民が登録品種の自家増殖をする際、種子を開発した育成者権者の許諾が必要となる。 農水省は流通する農産物における登録品種の割合は約1割に過ぎず、それ以外の一般品種は自家増殖ができ影響は少ないとするが、 農民への情報周知が不足しており議論が錯綜する原因となっている。

種苗法改正が問題なのは、種苗の「知的財産権」が強化される一方で、農民の「自家増殖の権利」が制限される点にある。 「自家増殖」とは農業者が収穫物の一部を次期作付け用に種苗として使用する、いわゆる「自家採種」のことを指す。 何より農家として怒りを覚えるのが、企業らの利益を目的とする知的財産権確保のために、 国内農家の自家採種の権利を原則禁止にしていく政府の態度である。

種苗法は、品種育成の振興と種苗流通の適正化により農業の発展を目指す法律である。 種苗法が成立した1978年には、農家の自家増殖の慣行に配慮し、対象品目は、栄養繁殖の植物であるキク等の花卉類とバラ等の 鑑賞樹に限られていた。しかし近年、農水省が定める「自家増殖禁止の品目」は、2016年の82種から2019年には387種まで急拡大し、 さらに登録品種が全くない野菜(ニンジン・ホウレンソウ)や果樹も対象に含まれるようになった。

農家の疑問をそのままに、許諾は当事者に丸投げ 農水省の改正案を検討する会合では、農協の委員から自家増殖禁止の流れと金銭の負担も発生する許諾制について繰り返し疑問が呈された。 多様な農民がいる中で許諾制導入は無理だし、自家増殖の権利も認めて欲しいと主張した。改正案では、農協の疑問が反映されないまま、 許諾について明記されてしまった。

農水省は、許諾は種苗メーカーと生産者や農協ら当事者に丸投げする意向で、今後は農業現場で混乱が起こる可能性が高い。 許諾料が種子代に転嫁され価格が上昇し、農民の負担が増える可能性もある。EUでは、主要作物の自家増殖は規制対象から外している。 また小規模農家には許諾料支払いを免除し構造的格差是正に取り組む。 一方、日本は登録品種に限ってではあるが一律に許諾制を導入することになる。

農民の自家採種は、農作物と地域文化そして遺伝資源の多様性を保存し、気候変動の中で重要視される持続可能な農業と人類の未来を担保する。 政府は国際的議論をふまえれば種苗法改正の中で、農民の自家増殖の権利や議論への参加を確保する必要がある。 政府は種子法廃止後、種子に関する制度は種苗法で対応すると主張してきた。 ポストコロナ後を考える中で種子を含めた食料生産の再検討の必要性が高まる中で、 改正にあたっては、農民ら関係者含めて改めて法案を再検討する必要がある。

国連世界食糧計画(WFP)は4月21日、「世界食糧危機報告」を発表し、新型コロナの影響により2020年末までに 新たに1億3500万人から2億5000万人が飢餓状態に陥る可能性があることを指摘した。報告では新型コロナの第2波と第3波による 経済的影響による貧困の増加と同時に世界の食料貿易の混乱が起こることで飢餓人口が増加するとされる。 2018年の世界の飢餓人口は8.2億人と3年連続増加していただけにさらなる飢餓の拡大は防がれるべきだ。 私たちは新型コロナを契機に種子を含めた未来の農業そして食料のありかたを考えていく必要があるといえるだろう。

(本稿は人民新聞に掲載した原稿に加筆修正したものである)

2020.06/報告 : 松平 尚也
(NPO法人 AMネット 代表理事)