世界保健機関(WHO)は、新型コロナウイルスの流行は、野生動物から始まった可能性があるとしています。
人間と動物の両方に広まる感染症を「人獣共通感染症」と呼んでいて、それらは、ヒトの感染症全体の60%以上を占め、 今回の新型コロナウイルスもそうです。毎年約10億の事例と数百万人の死者が発生していると警鐘を鳴らしています。 近年問題となっている新興感染症では、75%が動物由来で、その大半は野生動物とされます。

国連環境計画(UNEP)のインガー・アンダーセン事務局長は、2020年4月、新型コロナウイルスの感染拡大について 「自然を上手く管理すれば、人間の健康も維持できる」との見解を発表しました。

また、壊れやすい生態系に人間が入り込むことで、人間と野生生物の接触がかつてないほど増大していることや、 野生生物の違法取引が深刻な感染症を悪化させていると説明しました。 その関係は次の図で示され 動物由来感染症の危機を拡大させる要因の一つとして森林破壊が挙げられています。

動物由来感染症の危機を拡大させる要因(動物から人間にうつる病気)

※以下、レインフォレスト・アクション・ネットワークによる仮訳

    「動物由来感染症の危機を拡大させる要因(動物から人間にうつる病気)」

  • 森林破壊や他の土地利用転換
  • 規制が弱く違法な野生生物取引
  • 集約型農業と家畜生産
  • 細菌の薬剤耐性
  • 気候変動

出典:2020年4月8日 UNEP「Six nature facts related to coronaviruses」より
https://www.unenvironment.org/news-and-stories/story/six-nature-facts-related-coronaviruses


世界の感染症の追跡調査を行なっている団体「エコヘルス・アライアンス」の2015年調査で、 「新興感染症のほぼ3つに1つは、 森林破壊などの土地利用変化に関連している」と述べられています。

そしてカリフォルニア大学サンタバーバラ校の疾病生態学者、アンディ・マクドナルド氏は、 「森林破壊が感染症を広げる強力なきっかけになることは十分な証拠に裏打ちされた事実です」 「人間が森林環境を破壊して生物のすみかを多く奪うほど、感染症の流行が発生する状況を作り出してしまう可能性が高まります」とコメントしています。

森林破壊に関連した感染症事例に「ニパウイルス」と「ラッサウイルス」があります。
「ニパウイルス」は、森の住人であったコウモリに宿っていました。しかし、1997年のインドネシアの森林火災とその煙害により、 森から食べ物を求めてマレーシアの果樹園に移動し、近隣地域のブタを仲介して人への感染を広げ、重度の脳炎を引き起こしたと報告されています。

また西アフリカ地域でエボラ出血熱と同様の症状を引き起こす「ラッサウイルス」では、 リベリアでのパーム油生産のための大規模な農園開発により、森林を生息地とするネズミがアブラヤシの実を目当てに集まり、 その糞尿や体液で汚染された物に接触して感染するもので、致死率が36%と報告されています。

自然界で、ウィルスが宿主としている「自然宿主」の動物の体内にひっそりとしていたウイルスが、その野生動物の生態系が乱されて、 別の宿主へと広がり、人にまで広がります。そのキッカケを森林破壊が作ってしまう。

人間の公衆衛生と生物多様性や森林の保全は、お互いに関わり合っています。東南アジアの熱帯林破壊の8割は、 農業用の土地利用転換が原因で、多くはパーム油、紙パルプなどの生産や木材生産のための大規模開発によるものです。 陸上生物種の大半が熱帯林に生息していることからも、感染症予防策として熱帯林を保護することは極めて重要です。

森林減少の現状と私たちの暮らしとのつながり 研究機関のグローバル・フォレスト・ウォッチによると、2001-2015年の間「世界の森林破壊の5割以上は パーム油・パルプ・紙・牛肉・大豆・カカオ・木材等の産品生産が原因である」ことが判明しています。 これらの産品は総称して「森林リスク産品」と呼んでいます。

農園や植林地開発のために森林は伐採され、開発に伴う道路建設はさらなる森林破壊を引き起こし、 伐採等の事業活動で森林へのアクセスも容易になります。 森林を分断し、野生生物の移動ルートを遮断し、生息地を断片化し、人や家畜の接触を高めてしまいます。

同機関によると2019年に1,190万ヘクタールの森林が失われ、その内の3分の1は熱帯の原生林だったと報告されています。 1分間にサッカー場10個分の広さになります。

熱帯林は二酸化炭素の吸収など気候の安定にも重要な役割を果たし、熱帯林は周辺で暮らす地域住民や先住民族にとっては住居であり、 生活の糧であり、宗教的または精神的な拠り所でもあります。

実は新型コロナで政府を含めた監視活動が縮小する隙をついて、森林少を引き起こす開発事業は拡大していると言われています。 WWFドイツによれば、3月だけで、約65万ha(東京都、神奈川県、大阪府を合計した面積)が森林減少しており、これは過去3年の同月比で2.5倍です。 うち、最大の森林減少国は13万ha/月のインドネシアと報告されています。

日本との関わりでは、木材、紙、パーム油を通じた関係が重要です。アブラヤシ農園に開発向けに皆伐された、ボルネオ オランウータンの 生息地である天然林の木材が、コンクリート型枠で東京五輪の新国立競技場などの建設にも使われていました。

スマトラ オランウータンの生息地が農園開発された地域からのパーム油も、多数の食品会社に利用されている可能性があります。 さらに3メガバンクからの融資という形での繋がりもあります。

SDGs目標15.2では「2020年までに、あらゆる種類の森林の持続可能な管理の実施を促進し、森林破壊を阻止し、劣化した森林を回復」 するという目標が掲げられ、他の目標に比べて10年も期限を前倒ししています。しかし、上述のように森林減少阻止という目標達成はできませんでした。

新たな感染症リスク回避のためにも、喫緊の課題として森林リスク産品に対応した熱帯林保護を、 実施面での取り組みを行う必要があることに変わりはありません。特に東南アジアの熱帯林破壊を助長してきた日本の企業には、 森林を守り、次の感染症を防ぐ責任があるのです。■

参考文献:2019年11月28日「深刻な感染症 森林破壊のせいで増加、研究:マラリア、ライム病、ニパウイルス...新たな感染症が流行するおそれも」 『ナショナル・ジオグラフィック』 https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/112600684/"

2021.08/報告 : 川上 豊幸
(NPO法人 AMネット理事)