2012.02

水と人権

2011年9月24日(土)、大阪市立難波市民学習センターにて、「グローバル市民水フォーラム」をAMネットとNPO法人水政策研究所が共催しました。多彩なスピーカーを迎え、約60名の方にお越しいただきました。当日は3時間を超える白熱した議論がなされ、興味深いテーマが多く取り上げられました。

 

まず、PARC代表理事・翻訳家の佐久間智子さんから水への投資について問題提起をいただきました。

水「これから水需要が4〜5倍になっていくなかで、インフラ不足や利用可能な水の量が減少していく。しかも、水道事業の意思決定を公が担わなくなっていっている。民間団体が水道事業に関わるべきではないと市民団体は主張しているのではない。意思決定の問題だ。利用者・納税者としての市民の意見が反映されにくくなるというのが問題の本質である。企業が説明責任を負うのは株主だけであり、入札プロセスが民営化されるとより汚職が起きやすいことが実証されている。民営化された水道事業に問題が起きた場合、尻拭いをするのは行政である。
投資ファンドなどが水道サービスに参入してきており、リーマンショックで注目されたAIGも水道企業を保有している。水道に詳しい会社がやっているわけではなく、例えばカナダの教職員年金基金がチリの水道を三つも持っている。こうした傾向が最近の投資の特徴となっている。また、公営であれば利益は事業に再投資されていたが、民間会社であれば利益の10〜40%は株主に配当されるので、利用料金は必ず上がる。」

 

「債務と貧困を考えるジュビリー九州」の藤井大輔さんからは、水に対する人権の視点から、2010年に採択された国連での決議についてお話いただきました。

インドネシア水道民営会社 「『水と衛生設備への人権』に関して採択された決議は『水の人権宣言』であり、『アクセスすることが権利』としなかった(日本は棄権)。これまでの『水にアクセスする権利』という議論だと、民営で高くても水を得られればいいとなりがちであり、そうなると、貧しい人たちがいかに安定した安全な水を手に入れるのかが課題となる。『水が人権』として議論されたのは初めてであり、流れを変える第一歩である。人権及び安全な水の利用に関する決議でも『国家があらゆる人権を確保し、その第一の義務を負う。水は人権である』と、法的な拘束力があると考えられるような決議を出した。このような権利を認めることで、水は共有財であるという議論をする下地ができたと思う。 『日本経済のために原子力は必要』という議論と水の問題も似ている。公営でも民営でも水が得られればよいという議論や、経済的な観点から水ビジネスを進めていくという考えに対し、NGOとしては『水は人権である』という考えを後押しすることが重要だ。水の消費者から主権者への転換が必要で、我々が自ら水を管理していく主権者としての行動が求められると思う。」

 

 AMネット理事の堀内葵からはインドネシア・ジャカルタでの貧困層の水事情調査報告がありました。

インドネシア水道民営会社 「ジャカルタの水道普及率は約43%に留まっている。1998年にADB(アジア開発銀行)の介入によって水道事業の民間委託が始まったが、水道普及率は改善せず、貧困層にとって飲料水へのアクセスが悪化した。水道や地下水を利用できない人々は水道会社が用意したタンクや水売りから水を買っている。  ジャカルタ北部のムアラ・バル地区には水上家屋が立ち並ぶ。ここは違法居住とされ、民間水道業者であるPalyjaからは水を供給されていない。ジャカルタ州政府からの支援はなく、ここに住む人々は2缶で3000ルピア(1ルピア=約0.00996円)する水を買っている。収入が月100万ルピア(=約9960円)の人々にとって、これを毎日買うのは大変な負担である。  労働組合や現地のNGOを中心に、水道を公営に戻す運動が繰り広げられており、国際NGOもその動きを支援している。」

 

NPO法人水政策研究所理事長および大阪市水道労働組合の三戸一宏さんからは、国会への提出を目指して労働組合が取り組んでいる「水基本法(仮称)」のお話をいただきました。

水 「水に関する管理体制は中央省庁だけでも7つにまたがり、個別の水道関係法・事業法は50以上存在している。しかし、水に関わる政策指針や理念、統合的な施策を定める基本法はない。また、『私水』と位置づけられる地下水は、海外企業の手中にあると言っても過言ではない状況である。健全な水循環、適切な水の利活用を推進する管理体制の整備・構築が不可欠であり、水に関する基本理念、政策の基本となる事項などを定める水基本法が必要だ。民主党へと政権交代したことを契機として、現在、民主党政調の正式機関として『水政策プロジェクトチーム』が本格的に動き出している。  3月11日の翌日には全国から給水車が配備され、一ヶ月で約90%が復旧できた。民間だったらそこまでできたかどうか。ただし、民間を否定するのではなく、協働することが必要だ。」

 

オランダに本拠を置くNGO「トランスナショナル研究所」で世界の水問題について活動されている岸本聡子さんからは、「公の水を取り戻す」運動の現場や海外の動きを紹介いただきました。

「2010年のイタリア国民投票は原発だけでなく、水の民営化も争点だった。何年もかけて署名を集め、国民投票まで持ち込んだ。パリでは水道が再公営化されると2010年だけで40億円の収益を計上できた。これらは全て水道の再投資に使われる。これまでサービスごとにアウトソーシングされて透明性がなかったが、公営に一本化することでコストが下がり、1980年以来初めて水道料金の値下げができた。第6回世界水フォーラムが2012年3月にフランスのマルセイユで開催される。これに対抗する市民のフォーラムが計画されており、現時点で100以上のワークショップが提案されている。」

 

コーディネイターを務めたAMネット理事の神田浩史からは、水問題を流域単位で考えることの重要性について問題提起がありました。

水 「私たちが水をどうとらえるのか。どこから水が来てどこに流れていくのか、を考えることが重要。大阪は琵琶湖淀川水系だとは知っていても、それ以上はなかなか意識しない。流域管理がバラバラになっていることが大きな問題をはらんでいる。その典型例が台風で大きな被害にあった熊野川の氾濫だ。熊野川一つに和歌山県や新宮市など五者の管理体制となっている。上流のダム管理は私企業が行っており、発電用ゲートが開けられなかったことが紀伊半島での大きな被害につながった。上流の山の状態などともつながっている。淀川だけ見ていてもわからない。流域単位で考えることが大切だ。」

 

質疑応答でも活発な議論がありました。参加者から出された意見をいくつか掲載します。

・水道ビジネスという言葉がもてはやされているが、水をビジネスととらえることに違和感を持っている。
・水も食物もエネルギーも投資の対象とされ、マネーが私たちの生活の根源に波及してきた。
・「アジアの成長を日本に取り込む」と喧伝され、カンボジアやインド、ベトナムなどでの積み重ねのうえに、最終的にはオールジャパンの水ビジネスと繋がる新成長戦略という名目のもとに、原発と水を輸出する、と政府が言っていることを懸念している。
・日本はODAで水に関する援助をしているが、国際協力と水ビジネスがシンクロしていることがおかしい。貧しい地域でのビジネス展開はリスクが高く、実際にはビジネスとして成立しない。効率の良い都市部のみの配水となるか、ODAの資金や公共の補助金を使って補填している。公営事業体は儲けなくてもいいが、赤字になれば市民が負担することになる。

 

TPPでも水問題は投資分野で密接にかかわっています。世界中の水問題を考えるにあたって、国境をまたぐ国際河川の管理や、各地域の水利用に関する歴史や様々な違い、都市と地方の格差、富裕層と貧困層の格差など、様々な事情を考慮しなければなりません。水ビジネスをグローバルに展開するという日本政府の成長戦略は幻想ではないか、水ビジネスがその地域に住む人々にとって本当にプラスになるのか。日本でも流域ごとに様々な背景があり、簡単に答えの出るものでもないでしょう。
「水は公共のもの」、「水は人権」という視点に立ちながら、今後も継続して考えていきたいと思います。

2012.02 /報告 :武田 かおり
(NPO法人 AMネット)